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浦和地方裁判所 昭和56年(ワ)239号 判決

原告

株式会社坂入産業

右代表者

坂入正昭

右訴訟代理人

江藤馨

被告

市村一朗

右訴訟代理人

片山秀頼

被告補助参加人

吹谷和雄

右訴訟代理人

筒井健

主文

一、被告は原告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五六年七月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担としその余は原告の負担とする。参加によつて生じた費用はこれを一〇分し、その一を被告補助参加人の負担とし、その余は原告の負担とする。

四、この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

和雄が、昭和五一年一月三〇日原告に入社し、同日、被告が身元保証をしたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉を総合すると、原告は、土木建築設計施工管理、工事請負、建築資材の販売、不動産の売買、賃貸並びに仲介業等の他広範な事業を営業目的とする株式会社であるが、実質は代表者坂入正昭の個人企業もしくは坂入正昭の親族からなる同族会社であり、訴外会社は、原告が企画した土地造成、分譲、建築、土木工事等の実施を主たる目的として、昭和四八年二月五日、坂入正昭の全額出資により設立された会社であるが、造成分譲等の工事現場に近い茨城県古河市旭町二丁目一一番四号を本店とする原告の営業所の実質を有するにすぎず、設立後間もなくで体制が整つていないこともあつて、従業員はすべて原告が採用して出向させることとし、特に経理担当者については、原告が依頼する工事の実施が主たる業務であり、その支払いを原告が把握する必要があることから、原告の本店力で勤務し、原告代表者の監督の下で業務を行うこととなつていた、原告は、訴外会社の経理担当者にあてることを予定して和雄を採用し、入社と同時に訴外会社に出向させ、原告の本店事務所内で原告代表者の監督の下に経理事務に従事させていた、以上の事実が認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。

〈証拠〉によると、訴外会社の下請等に対する支払いは、毎月これをまとめて訴外常陽銀行古河支店に振込依頼してなされており、和雄が請求書に基づき銀行に対する振込依頼書を作成し、原告代表者の確認を得たうえ、小切手に振込依頼金額を記入することとなつていたが、原告代表者の確認を得た後、和雄は振込依頼書中、取引先名を使用して勝手に設けた口座への振込依頼金額を水増し、水増分を含む金額を総振込依頼金額欄に記入し、右金額の小切手を作成して振込依頼する方法で、昭和五二年七月一〇日から昭和五四年一二月三〇日まで前後二八回にわたり、昭和五二年中に金九〇六万五七六〇円、昭和五三年中に金三六〇〇万円、昭和五四年中に金七四〇〇万円、以上合計金一億一九〇六万五七六〇円を横領した、なお、原告代表者は、銀行から振込金領収書を受取つた後、請求書をつきあわせて確認していたが、和雄は確認を受ける前に、水増金額部分を抹消し正規の金額に戻していたため、原告代表者は横領事実を発見することができなかつたが、各振込先への振込金額を合計してみれば総振込依頼金額の数字と相違していることは、たやすく発見できたはずであつた、以上の事実が認められる。

そして、〈証拠〉によれば、昭和五六年六月五日付契約により、原告は訴外会社に対し、右横領金額を弁済する旨約し、昭和五二年、昭和五三年中の横領金合計金四五〇六万五七六〇円を昭和五六年六月三〇日金二〇〇〇万円、同年九月二八日残金二五〇六万五七二〇円を支払つていること、右支払いは、原告が和雄の使用者として民法七一五条による損害賠償義務があることを前提とするものであり、原告は右支払いにより同額の損害を被つたこと(被告は、和雄を監督すべきものは訴外会社であつて原告ではないから、原告が訴外会社に対し民法七一五条の責任はないと主張するけれども、前記認定のとおり、和雄を監督していたのは原告代表者であつて、原告と訴外会社間においては、原告が和雄を監督とするとの取極めがなされていたものと推認されるから、被告らの主張は採用しない)以上の事実が認められる。

以上認定した事実によれば、和雄は出向先の訴外会社の業務に関連して横領行為をなし、第一次的には訴外会社に対して損害を与えたものであるが、一般に身元保証契約の当事者は、被用者本人が契約当事者となつた使用者の業務に関して不法行為をなし右使用者に対して与えた損害の賠償を保証することを約するものであるから、出向先の業務に関してなした不法行為による損害については、これをも保証の範囲とする旨の特約がある場合はさておき(原告は右特約があると主張するけれども、右にそう甲第二号証は前記のとおりその成立を認めるに足る証拠はなく、他にこれを認めるに足る証拠もない)、これがない場合には、原則として身元保証人に責任はない。しかしながら、前記認定の事実によれば、訴外会社は原告の営業所の実質しか有しないうえ、同社に出向したとはいつても、原告と和雄との間には、指揮命令関係が存し、和雄は原告代表者の指揮監督の下に訴外会社の経理事務を担当し、右業務を遂行するに際して本件横領行為をなしたものであつて、原告の業務遂行中に不正行為をなした場合と何ら変わるところはないから、被告は本件行為の結果原告が被つた損害につき身元保証人としての責任を免かれない。

〈証拠〉によると、昭和五五年二月一日訴外会社と和雄、清一郎、吹谷春枝との間で、和雄の横領金のうち、(1)昭和五四年横領分金七四〇〇万円の内金三一六五万一一六九円は和雄、清一郎が財産を処分して弁済する、(2)昭和五四年横領分の残金四二三〇万円は、和雄が昭和五五年三月から毎月末日限り支払済みまで各金一四万一〇〇〇円宛分割して弁済する(以上、(1)、(2)は当事者間に争いがない)、(3)昭和五三年一〇月から一二月までの間の横領金一九八八万円については昭和五五年五月一六日弁済方法を協議して支払うとの債務弁済契約が成立したが、右弁済契約の交渉において、清一郎が身元保証人に対して請求しないよう懇願したことや、和雄らの弁済能力が乏しいこと、訴外会社としても昭和五二年、五三年分について一応会計処理が済んでいたこと等を考慮し、右契約締結時に、訴外会社は和雄に対する昭和五三年九月以前の横領分の損害賠俺請求権を放棄する旨表明したことが認められ〈る。〉なお、被告は、訴外会社が和雄に対し、昭和五三年一〇月から一二月分までの分についても免除もしくは放棄したと主張するが、右に符合する〈証拠〉は措信できない。又、被告は、和雄の責任はさておき、少くとも被告の保証責任については訴外会社はこれを免除したと主張するところ、前記のとおり、被告に負担をかけないようにすることが、清一郎が右弁済契約を締結した動機であつたことが認められるけれども、訴外会社は身元保証契約の当事者ではなく被告の責任を云々する法的立場にないうえ、被告も右契約時訴外会社と交渉なく、免除の意思表示を受けることはなかつた筈であるから、右主張は採用できない。

ところで、民法七一五条の使用者の責任と被用者の不法行為責任は不真正連帯の関係にあるから、訴外会社が和雄に対し請求の放棄をしたとしても、その使用者である原告に対し全額の弁償を求めることが許されなくなるわけではなく、又、損害の賠償をした原告が被用者である和雄に対し支払金全額につき求償権を行使することも直ちに法的に違法とはいえない。しかしながら、前記認定のとおり、原告と訴外会社は実質的に同一法人格と目しうる関係にあることに加えて、前掲各証拠によれば、前記損害賠償に関する訴外会社と和雄、清一郎との交渉及び契約の締結は、原告代表者が「訴外会社の会長」(原告代表者が訴外会社の役員であつたことを認めるに足る証拠はないから、訴外会社から交渉権限を特に与えられたものと解する他はない)と称して、専ら同人がこれを担当していたものであるから、原告が、訴外会社との間でなされた右弁済契約並びに訴外会社のなした請求の放棄と反する結果となる請求をなすことは信義に反し許されないものといわざるをえない。よつて、原告は、訴外会社が和雄に対してなした請求の一部放棄に拘束され、昭和五二年九月以前の横領金額相当分については賠償を求めることはできず、和雄に支払義務がない以上、身元保証人である被告も支払義務はない。そして、昭和五三年一〇月から一二月分までの横領分金一九八八万円について、一応、被告の身元保証の範囲内の損害として、その責任の有無及び程度が検討されることとなる。

そこで検討するに、被告の抗弁2の(1)については、前記認定の出向の性格及び和雄の業務の実態に照らすと、原告が右出向事実を被告に告げなかつたからといつて、このことを理由として身元保証契約を解除することは認められないから、和雄の訴外会社への出向という点は被告の保証責任の有無程度決定に斟酌することはできないが、2の(2)の事実は被告本人尋問の結果によりこれを認めることができ、2の(3)の主張の原告の監督が不十分であつたことは、前記認定の横領態様と原告の監督方法に照らし明らかである。又、2の(3)の点についていえば、現在までに横領金の一部が弁償されていることは当事者間に争いがないうえ(被告は、弁済金額は身元保証期間内の損害の弁済に充当されるべきであると主張するけれども、充当に関する当事者の合意と異なる充当をすることはできないから、右主張は理由がない)、前記訴外会社と和雄、清一郎の債務弁済契約書の締結の経過、動機に照らすと、原告が被告に対して弁済を求めることが予想されていれば、和雄、清一郎は被告をその交渉に参加させ、被告を免責させるか、被告の責任を極めて小額に限定することに努力していたと考えられるから、この点も被告の責任の程度を決定するにつき当然に考慮すべきものと解せられる。

以上の事情を総合考慮すると、被告が責任を負う額としては金二〇〇万円をもつて相当と認める。

右のとおり、原告の本訴請求は、損害金二〇〇万円とこれに対する原告が訴外会社への損害金の支払いをなした昭和五六年六月三〇日の翌日である同年七月一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、正当として認容し、その余は理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九四条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(野田武明)

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